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セミナー報告Quality Leaders Digest

Vol.16:日本臨床検査自動化学会第44回大会ランチョンセミナー 女性の「やせ」の改善が急務、栄養指標の検査も必須に

 日本臨床検査自動化学会第44回大会(大会長=横浜市立大学医学部臨床検査医学教授・宮島栄治氏)が10月11〜13日にパシフィコ横浜(神奈川県)で開催された。ベックマン・コールター共催によるランチョンセミナーでは、早稲田大学総合研究機構研究院教授の福岡秀興氏が、「子宮内環境の惹起する胎児エピゲノムの変化および成人病素因の形成‐成人病胎児期発症説の視点から‐」をテーマに講演を行った。講演では、受精周辺期から胎児期、乳児期の栄養不足が招く成人病の発症リスクや、その時期の葉酸の必要性と葉酸などの栄養指標に対する検査の重要性が説明された。

 日本では年々出生体重が減少し、今や10人に1人が2500g未満の低出生体重児である。これは、満期産における低出生体重児の増加が大きな要因だ。低出生体重児の頻度は世界でも突出しており、2009年のデータでは、日本の低出生体重児の割合は9.7%で、OECD加盟国の中でも群を抜いていた。
福岡氏
福岡氏
 こうした状況に対して福岡氏は、「低出生体重児の増加は、日本の将来の成人病の増加のみならず、日本経済にも大きな影響を与える可能性がある」と警鐘を鳴らした。
今の日本では、「小さく産んで大きく育てる」ことが正しいという考えが広がっているが、それは間違っていると福岡氏は指摘した(図1)。福岡氏は、「第一の理由は、低出生体重児の分娩では帝王切開なども多く、必ずしも安全な分娩ではないこと。もう一つは、低出生体重がその子の将来の生活習慣病や成人病の素因をつくる可能性があることが分かってきたからだ」と説明した。
そして、福岡氏は低出生体重の主な原因は妊娠中の低栄養であることに言及。1986年にDavidBarker氏が提唱した「成人病(生活習慣病)胎児期発症起源説」では、成人病の素因は、受精周辺期、胎芽期、胎児期、乳児期に低栄養または過剰栄養に暴露されて形成され、さらに出生後のマイナス生活習慣の負荷により成人病が発生するとされている。

図1.「小さく産んで大きく育てる」ことは正しい?
1)必ずしも安全な分娩ではない
2)疾病(生活習慣病、成人病)の素因をつくる

出生体重低下により発症しやすい疾病とは

 福岡氏は、「実際、現在、さまざまな研究により、出生体重低下による発症リスクが増加する疾病があることが分かってきた。例えば出生体重と虚血性心疾患死亡率の相関性を見た英国の研究では、男女ともに出生体重が小さくなるに従い死亡率は高くなり、逆にある出生体重以上になると死亡リスクが上昇するU字型の相関を示していた。
多くの研究から、このほかに2型糖尿病や高血圧、メタボリック症候群、脳梗塞、脂質代謝異常症、神経発達異常の発症リスクと出生体重の低下との間にも同様の関連があることが明らかとなっている。
こうした危険性が明らかになる一方で、日本女性の「やせ」に対する“信仰”は増すばかりだ。「国民健康・栄養調査によれば、20代女性のエネルギー摂取量は年々減少し、2010年には約1610kcalとなり、ふつうの身体活動レベルの20代女性に必要とされる1日のエネルギー所要量である1950kcalを大きく下回っている。さらに、BMI(体格指数)から見た『やせ』女性の割合は、10年には20代で約30%にまで達した。こうした妊娠を控えた若い女性の『やせ』による次世代へのリスクは非常に大きい」と福岡氏は憂慮する。
さらに、妊婦の栄養状態に関する驚くべき状況も明らかにされた。「妊婦が必要とするエネルギー量は、妊娠初期から中期、末期になるにつれて多くなるが、実際には妊娠中の実際の摂取カロリーが全く変わらず、同年代の妊娠をしていない人の摂取エネルギー量とほぼ同じで必要なエネルギー量を満たしていなかったという報告もある。中には、飢餓状態に近い1000kcal以下しか取っていない妊婦もいた」という。

低栄養がエピゲノム変化を引き起こす

 低栄養が、なぜ将来の成人病の素因をつくり出すのか。福岡氏は、「それは、胎生期や出生後間もない時期に低栄養に暴露することで、エピゲノム変化が起こるためと考えられる。エピゲノム変化とは、遺伝子配列そのものを変化させずに遺伝子発現量を変化させるもので、DNAのメチル化やヒストンタンパク質のアセチル化などがある。この時期に生じたエピゲノム変化は、世代を超えて続くと考えられている」と説明した。
栄養素の中でも、エピゲノム変化に特に重要な役割を果たしているのが葉酸だ。福岡氏は、「遺伝子にメチル基を供給する、葉酸―メチオニン代謝系(One carbon metabolism)で、葉酸は重要な栄養素だ。葉酸が不足すると、この代謝回転がうまく行かず、ホモシステインやその前駆体が細胞内に増え、遺伝子のエピゲノムが変化すると考えられる」と述べた。
この代謝系には、葉酸に加えてビタミンB12やメチオニンなどが関与している。
ラットを使って受精後6日間、これらの栄養素を欠乏させた実験では、胎児の肝臓では4.1%にまで達するという著しいエピゲノム変化が起き、産後50日のラットの血圧調整や糖代謝に影響があったという。
福岡氏は、「これまで、妊娠初期に葉酸が不足していると、神経管閉鎖障害を引き起こし、二分脊椎症が増えることはよく知られていた。しかし、葉酸はそればかりでなく、遺伝子発現の制御や核酸合成にも関わっており、全妊娠期間において不可欠な栄養素だ(図2)。妊娠中期に葉酸を過剰に摂取したことで産まれた子供の喘息リスクが上昇したという論文が発表されたために、日本では妊娠中の葉酸摂取が激減したが、これは由々しき問題だ。葉酸不足は大きなリスクであることを認識し、妊娠中は適切な量の葉酸摂取を促す必要がある」と指摘した。
その上で、福岡氏は、「こうした低栄養状態の把握、予防のためにも、葉酸をはじめとするOne carbon metabolismに関連した指標についての検査が、今後必須になるだろう(図3)。具体的には、葉酸に加え、ビタミンB12やB6、亜鉛、メチオニンなど、この代謝に必須な栄養素を調べる必要がある。また、代謝が滞ったときの指標となるホモシステインの測定も積極的に行われるべき」と述べた。
「海外からは、日本の低出生体重児が増加していることを危惧する論文も出されている。危機感がないのは日本だけかもしれない。今後、栄養に関する検査の充実も図り、将来を担う子供たちの健康を守ってほしい」と福岡氏は締めくくった。

図2. 妊娠中の葉酸の意義
■ 神経管閉鎖障害の予防(妊娠初期)
■ 遺伝子発現の制御(全妊娠期間)
■ 核酸合成(全妊娠期間)
図3. One carbon metabolism に関連した検査
(これからの検査すべきターゲット)
  • 1)葉酸(血漿中、赤血球内)
    2)ビタミンB12
    3)ビタミンB6
    4)ビタミンB2
    5)亜鉛
  • 6)ベタイン、コリン
    7)メチオニン、グリシン
    8)ホモシステイン
    9)他

血中の葉酸値、ホモシステイン値の検査は今後不可欠に

 講演後の質疑で会場からの、「エピゲノム変化を考えた場合、食生活だけでなく環境化学物質などについても考慮する必要があるのではないか」との質問に対して、福岡氏は、「環境化学物質の影響も同様に考えていく必要があるが、現在の日本の妊婦の激しい『やせ』と、やせによって生じるケトーシス、葉酸不足を考えれば、まず真剣に考えるべきなのは、身近な食生活である。葉酸不足は、妊娠のごく初期から影響を受けるが、ある統計では、第1子の約25%がいわゆる『できちゃった婚』である。そう考えると、妊娠のために備えることは不可能で、日常生活の中での低栄養の改善を真剣に図ることが急務である」と述べた。
座長の三浦氏
座長の三浦氏
 また、「葉酸の血中濃度には地域差があるが、遺伝子多型との関係はあるか」との質問に対して、福岡氏は、「確かに遺伝子多型が存在する。リスクが高いグループでは、より多くの葉酸摂取が必要だ。それらに対応するテーラーメード医療の進展のためにも、臨床検査の意義は大きい」と述べた。
座長の東京女子医科大学病院中央検査部技師長の三浦ひとみ氏からの、「臨床検査に携わる者の責任として、今後はどういった検査を考慮していく必要があるか」との問いに対して、福岡氏は、「まずは、One carbon metabolism で中心的な役割を果たす、葉酸、ビタミンB12 とホモシステインが必須になるだろう」と答えた。

(The Medical & Test Journal 2012年12月1日 第1206号掲載)

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